お問い合わせ

更新日:2022.11.27その他認知症の親の不動産売却の手段 法定後見制度とは

介護には多額の費用がかかりますが、不動産の所有者が認知症になると原則、売却はできません。しかし、「法定後見制度」を利用すれば身内などが代わりに売却することが可能になります。

介護は子育てと違いゴールが見えず、親に貯蓄がない場合は金銭的な負担を子供が代わりに負うことになりますが、子育て中の子供にはなかなか厳しいのが現状です。
そこで本記事では、認知症の親の自宅を売却することにより、介護資金の調達をする方法について解説をします。

原則、認知症になると不動産は売却できない

ここでは認知症になると自分が所有者であっても、不動産が売却できない理由について解説をします。

「意思能力」がない人の不動産売買契約は無効

原則、自分の財産をどう処分するかなどの判断は本人に委ねられているものです。

しかし、売却を始めとする契約行為には、自分が判断した選択に対して、「現実的に法的責任を負えるか」どうかが重要なポイントとなります。

 

民法上、認知症の人は「意思能力のない者」として扱われるため、不動産売買契約などの法律行為ができません。民法第三条の二では「法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。」と規定されています。*1

 

そのため、不動産売買契約が締結されたとしても、認知症の人の意思能力次第では契約が無効となります。

子供は認知症の親の財産を勝手に処分できない

厚生労働省によると、2020年時点における日本の65歳以上の認知症の人は約600万人と推計されました。2025年には高齢者の約5人に1人(約700万人)が認知症になると予測されています。したがって、これからの日本ではますます認知症の人が増えていく傾向です。*2

 

高齢者用の施設に入所させるとなると、毎月一定の費用を負担することになります。

例えば、要介護5の人がユニット型個室を利用した場合にかかる毎月の目安金額は、約141,030円です。*3

 

この費用は入所している限りずっと支払わなければならないため、高齢者に貯金がないと子供が負担することになります。そうはいっても、子世帯も自分の子供の教育費や住宅ローンなど、何かと出費が多いものです。

そのようなことから、親が持ち家を所有している場合、売却して親の介護費用に充てたいと考えるケースもあるでしょう。しかし、子供は認知症の親の財産を勝手に処分することはできません。例え介護をしている同居の長男などでも認められていないのです。

 

不動産の売買は、名義者本人が行なう必要がありますが、意思能力がないとされる親の不動産を売却しても無効となってしまいます。

認知症の親の不動産売却には「法定後見制度」を利用

親の介護費用を捻出するために実家を売却する場合に利用できる制度として、「法定後見制度」が挙げられます。ここでは「法定後見制度」について解説します。

法定後見制度とは

「後見」制度とは認知症・知的障害など精神上の障害により、判断能力が欠けている状態にある人を保護・支援するための制度です。

 

家庭裁判所が選任した成年後見人が、本人の利益を考えながら本人を代理して契約などの法律行為を行います。成年後見人は、本人が行った不利益な法律行為(売買契約など)を後から取り消すことも可能です。

 

ただし、食料品や衣料品、日用品の購入など「日常生活に関する行為」については取消しすることはできません。(下図1)

 

法定後見制度で用意されているのは「補助」「保佐」「後見」の3つの制度です。

「後見」に該当する場合は原則として、「全ての法律行為」を成年後見人が取り消したり、代行したりすることができます。(下図1)

図1)出典:厚生労働省「法定後見制度とは(手続の流れ、費用)」
https://guardianship.mhlw.go.jp/personal/type/legal_guardianship/

 

ただし、本人の居住用不動産(マイホーム)の処分については、家庭裁判所の許可が必要です。マイホームは本人にとって生活の拠点となる大切な財産のため、家庭裁判所で許可の裁判がなされることになります。

 

なお、申立てができるのは、以下に該当する人です。

 

  • 本人
  • 配偶者
  • 四親等内の親族
  • 検察官、市町村長など *4

 

成年後見人は本人にどのような保護・支援が必要かなどの事情を考慮して、家庭裁判所が選任します。

法定後見制度と任意後見制度の違い

後見制度には、「法定後見制度」と「任意後見制度」の2種類があり、それぞれ制度内容や申立手続きに違いがあります。(下図2)

 

図2)法務省「Q1~Q2 成年後見制度について」
https://www.moj.go.jp/MINJI/a01.html
 

2つの制度の大きな違いは、法定後見制度では家庭裁判所が成年後見人を選ぶのに対し、任意後見制度は自分で後見人を選べることです。認知症の人は本人の判断能力がないとされるため、自分で選ぶことはできません。

 

任意後見制度は、認知症になる前の人が利用できる制度です。本人の判断力に問題がないときに、将来の生活や財産管理に関する事務についての代理権を、事前に任意後見人に与えます。この契約は、公正証書で締結することが必要です。

法定後見制度を利用した不動産売却の流れ

法定後見制度を利用した不動産売却の主な流れは以下の通りです。

 

  1. 地域の窓口に相談
  2. 家庭裁判所に申し立て
  3. 審理(必要があれば本人の意思能力を確認)
  4. 法定後見人の決定
  5. 物件査定・媒介契約
  6. 家庭裁判所の許可を得る(居住用の場合)
  7. 売買契約
  8. 決済・引き渡し

 

それぞれについて解説をしましょう。

1.地域の窓口に相談

最初に、成年後見制度の相談窓口でもある地域の中核機関に相談をします。

市区町村に設置されている中核機関や地域包括支援センター、社会福祉協議会など、成年後見制度に関わる相談窓口が、手続きの仕方や必要な書類などについてアドバイスをしてくれます。

 

成年後見制度の相談窓口である中核機関の形態や取り組みの方法は、地域によりさまざまです。自治体とセンターが役割分担をしていたり、自治体が社会福祉協議会に委託していたりと、その地域に合わせた活動をしています。*5

2.家庭裁判所に申し立て

次に家庭裁判所に申し立てをします。

申立てをする家庭裁判所は、認知症などを患っている本人の住所地を管轄する家庭裁判所

にしてください。*6

 

申立てをする際には申立書などの書類や、申立手数料などの費用が必要です。(下図3)

補助・補佐・後見のいずれも費用は同じとなります。

図3)厚生労働省「法定後見制度とは(手続の流れ、費用)」
https://guardianship.mhlw.go.jp/personal/type/legal_guardianship/
 

なお、申立書類を提出した後は、審判前であっても家庭裁判所の許可を得なければ申立てを取り下げることはできないので、慎重に考えてから行う必要があります。*7

 

なお、申立書に記載された候補者が必ず選任されるとは限りません。これらの選任について意義があったとしても、家庭裁判所の判断には不服申立てをすることはできません。*8

3.審理(必要があれば本人の意思能力を確認)

家庭裁判所は書類がきちんとそろっているかを確認後、審査に入ります。

成年後見人候補者は、予約した日時に家庭裁判所に来所し、面接を受けることが必要です。

審理の参考にするために、親族へ成年後見人候補者の氏名を伝える意向照会も行います。

 

本人の判断能力がどの程度あるのかも医師に依頼して鑑定しますが、事例によっては省略されることもあります。鑑定費用は10~20万円程度が一般的です。申立てから審判までにはおよそ1〜2ヶ月かかります。*9

4.法定後見人の決定

鑑定や調査が終了した後は、 家庭裁判所は後見等の開始の審判を行い、成年後見人を選びますが、1人ではなく複数の成年後見人が選ばれることもあります。

 

成年後見人になった場合は「親の財産だとしても他人の財産を預かっている」という心がけが必要です。

 

財産を不正に処分すると、成年後見人を解任されるだけでなく、 業務上横領罪などの刑事責任や、損害賠償などの民事責任を問われることがあります。自分の財産と勘違いしないようにしましょう。*10

5.物件査定・媒介契約

法定後見人に選任された後、不動産の査定を行えます。

不動産会社は1社だけでなく複数の会社に査定依頼をして、できるだけ高い金額で売却するようにしましょう。

 

信頼できる不動産会社が見つかったら媒介契約を結び、親の自宅を市場価格に近い金額で売りに出します。

6.家庭裁判所の許可を得る(居住用の場合)

マイホームなど居住用の不動産を売る場合には、家庭裁判所の許可を得る必要があります。

マイホームは本人の生活の拠点となる場所のため、処分する際は慎重に手続きを進めなければならないと法律で定められているからです。

 

家庭裁判所の許可を得ずにマイホームが売却された場合には、その契約は無効となります。*11

7.売買契約

家庭裁判所の許可を得たら、売買契約を締結します。

売買契約をするときは、法定後見人と買主が不動産会社の仲介のもと、契約内容を確認して売買契約書に署名押印します。

8.決済・引き渡し

決済をする際は、法定後見人・買主・不動産会社・司法書士が金融機関に集まって行うのが一般的です。買主が代金を売主の代理である法定後見人に支払い、同時に司法書士が法務局に申請書類を提出して、所有権移転登記を行います。通常、仲介手数料も不動産会社にその場で支払います。全ての支払いと手続きを済ませたら買主に鍵や書類を渡し、引き渡しが完了です。

不動産を売却するときには親族に相談することが重要

このように、認知症の親の家は原則売却できないとされていますが、法定後見人になることで、認知症が発症した後でも売却することが可能です。

そうはいっても、法定後見人が実際に不動産を売却するときには独断で判断するのではなく、親族に相談することが重要です。

相続時にトラブルになることがある

なぜ、親族にあらかじめ相談しておく必要があるのかというと、相続時にトラブルになることがあるからです。

 

最高裁判所が調査した「後見人による不正事例」の件数は、弁護士や司法書士などの「専門職以外」による不正が多く報告されています。(下図4)平成27年以降は年々、減少傾向にありますが以前として不正行為はなくなりません。

図4)裁判所「後見人等による不正事例」
https://www.courts.go.jp/vc-files/courts/2021/r03koukenhuseijirei.pdf

下図5は成年後見人と本人との関係ですが、2011年には親族が過半数を占めていましたが、それ以降は減少傾向にあり、2021年時点では約2割にしか過ぎません。一方、弁護士や司法書士などが受任する傾向が高まり、専門職の人が後見人になるケースが増えています。(下図5)

図5)出典:ニッセイ基礎研究所「成年後見制度の利用促進には何が必要か」
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=72460?pno=2&site=nli

親族の1人が法定後見人になった場合、家庭裁判所の許可が降りれば自宅を売却することは可能です。

 

とはいえ、事前に兄弟など他の親族に相談してから売却を進めることが望ましいでしょう。売却した後に本人の相続が発生した場合、身内同士でトラブルになることが考えられるからです。

 

そうならないためにも、親の介護費用などのために必要であることを事前に納得してもらい、売却することに同意を得ておきます。

 

 

親が認知症になる前から親族で話し合うことが好ましい

法定後見人制度を利用すれば自宅の売却が可能になりますが、法定後見人の申立てから審判までにはおよそ1〜2ヶ月かかり、不動産の売却にも相当の時間がかかります。そのため、急を要する場合には資金調達が間に合わないことも考えられます。そのため、親が認知症になる前から親族で話し合うことが好ましいでしょう。

まとめ

しばらく会わないでいるうちに、親の認知症が急に進んでしまっていたというケースは珍しくありません。認知症が発生してしまったら正常な判断ができなくなるので、親の身の安全は子供が守ることになります。

法定後見制度を利用すれば、認知症が発症した後でも親の自宅を売却できるので、介護に必要な資金を調達することが可能です。

まずは、地域包括支援センターなど地域の支援窓口に相談をしてみましょう。

参考

*1 参考:法令検索「民法」

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=129AC0000000089

*2 参考:厚生労働省「認知症」

https://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_recog.html

*3 参考:厚生労働省「サービスにかかる利用料」

https://www.kaigokensaku.mhlw.go.jp/commentary/fee.html

*4 参考:法務省「法定後見制度・成年後見登記制度」

https://www.moj.go.jp/MINJI/a02.html

*5 参考:厚生労働省「法定後見制度とは(手続の流れ、費用)」

https://guardianship.mhlw.go.jp/personal/type/legal_guardianship/

*6 参考:裁判所「令和4年4月後見・保佐・補助開始申立ての手引」P2

https://www.courts.go.jp/tokyo-f/vc-files/tokyo-f/kouken/1101R0404.pdf

*7 参考:裁判所「令和4年4月後見・保佐・補助開始申立ての手引」P8

https://www.courts.go.jp/tokyo-f/vc-files/tokyo-f/kouken/1101R0404.pdf

*8 参考:裁判所「令和4年4月後見・保佐・補助開始申立ての手引」P10

https://www.courts.go.jp/tokyo-f/vc-files/tokyo-f/kouken/1101R0404.pdf

*9 参考:裁判所「令和4年4月後見・保佐・補助開始申立ての手引」P8~9

https://www.courts.go.jp/tokyo-f/vc-files/tokyo-f/kouken/1101R0404.pdf

*10 参考:裁判所「令和4年4月後見・保佐・補助開始申立ての手引」P12

https://www.courts.go.jp/tokyo-f/vc-files/tokyo-f/kouken/1101R0404.pdf

*11  参考:裁判所「居住用不動産処分許可の申立て」P2

https://www.courts.go.jp/kyoto/vc-files/kyoto/kasai/kouken/B02_kyojyuuyou.pdf

この記事を書いた人

矢口美加子ライター・宅地建物取引士・整理収納アドバイザー。宅建・整理収納アドバイザー1級、福祉住環境コーディネーター2級の資格を取得済み。不動産・介護リフォーム・不動産投資・整理収納関連の記事を複数のメディアで執筆。ライター業の他に、家族が経営する投資用物件の入居者管理もこなす。

関連記事

アプリのダウンロードはこちら

App Store Google Play